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ホレンコ
北海道マスコミ伝道センター
<horemco>
ホレンコの友
巻頭言 2026年8・9月号
「HITACHI ポケットラジオ」
日本キリスト教団:千歳栄光教会牧師 卜部康之
京都の神学部で学んでいた頃、野本信也先生が次のような自己紹介をされていた。
「僕は子どもの頃、組立式のトランジスタラジオに夢中でした。魚木忠一先生が伝道集会に来られた時にこんなことを質問されました。『信也君、そのラジオで神さまの声は聴けますか?』と。何も答えられなくて、本当に悔しかった。でも、そのことがきっかけになって、神さまを意識するようになって、18歳で神学部に入学しました」。
誰しも恩師と呼べる人から受けた影響(事柄や言葉)があると思う。
神学部で歴史を学んでいたわたしには「とにかく原資料に当たりなさい」(土肥昭夫先生)という言葉が今も残っている。
つまり、誰かが書き残したもの(評論や解説)に頼るのではなく、原資料(一次資料)から状況を読み取るということ。当然その作業は時間を要することではあるが、過去の資料から未来を読み解くことにつながると考えている。
また、影響を受けたある牧師が次のようなことを言っていた。「牧師に名刺は必要ない!」と。当時、会社で働いていたわたしにとって、そのことは受け入れられなかった。公私共に挨拶をしたり、挨拶を受けたりするとき、当然名刺は必要なものだったからだ。その牧師はこう続けた。「牧師とは『所属』や『役職』ではなくて『働き』なんだよ」と。返す言葉がなかった。数年後、わたしは神学部に入学していた。
わたしが仕事をする牧師室に古びた「日立のポケットラジオ」がある。1997年から教会というところで働いているので、手許に置くようになって約30年になる。
実はこのラジオ、1997年7月に永眠した父親の遺品。いつも父親が大好きなジャイアンツ戦を聞いていたラジオだ。
久しぶりに電池を入れてラジオを聴いてみようかなぁと思う。神さまは見えなくても、ホレンコのラジオ放送を通して神さまのみ言葉を聴くことができる。父親の思い出に浸ることもできるかも。でも僕はファイターズ戦だけど。
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